アメリカ合衆国ほど世界各地に影響を及ぼす国は他にないだろう。その影響の良し悪しは別として、アメリカの存在の大きさは否めようがない。では、私ないし私の国にとって、アメリカはどのようなところなのか。
戦後、冷戦構造の形成と相まって、台湾はアメリカの台湾関係法の下で支援を受け続けていた。私が子供の頃、特に戒厳令が解除される前に、台湾におけるアメリカのイメージは、正義の味方・台湾の盟友のようなものであった。当時、中国からの情報はもちろん、日本文化の輸入も厳しく禁じられたため、外来のものはアメリカのものだけであった。今でもはっきり覚えているが、毎週末の夜、必ず家族と一緒にアメリカのテレビドラマ(冒険野郎マクガイバー、特攻野郎Aチーム…など)を見ていた。時が経つにつれて、私は英語を勉強しはじめ、洋楽と洋画を楽しむことができ、目の前の世界が突然広くなったと感じた。アメリカでは豊かな物資、優秀な人材、多彩な文化が揃えられ、私の憧れでもあった。当然ながら、アメリカに留学することは将来の夢であった。このような考え方は大学に入るまでずっと続いてきた。
アメリカ以外の国へ目線を移したきっかけは、おそらく大学の専門と第二外国語の勉強であろう。その頃からヨーロッパや日本に興味を抱きはじめ、自然にこれらの世界観にも触れる機会があった。ヨーロッパや日本における世界観を台湾のそれと比べた結果は私に少なからぬ衝撃を与えた。台湾でいう「国際関係」とは、ほとんどアメリカと中国との関係しか意味しない。台湾の人々は、それ以外の地域に関心を持っておらず、世界観が極めて狭い。アメリカがどのような行動を採ったかを問わず、台湾の政府は自らとアメリカの関係を考慮し、アメリカの立場を批判なく支持している。個人レベルではそこまでアメリカに盲従するわけではないが、アメリカを非難する声は、東アジアの他の国と比較にならないほど弱い。総じていえば、台湾のような小さなところにとって、確かに、世界各地を偏らず研究するよりも、自分の利害に密接にかかわる「大国」の顔色を窺ったほうが合理的である。しかし、アメリカのものだけで「国際的で世界的だ」と満足する一部の台湾人も、あまりにも無思慮で井の中の蛙である。
アメリカは実際にどのような国かということについて、私はそこで長期に生活を送ったことがないから、安易に意見を述べるべきではない。ただ、台湾におけるアメリカ像及び台湾の世界観は、冷戦終結後の現在、確実に再検討と再構成が必要であると思われる。